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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)6027号・昭54年(ワ)11756号

甲事件原告・乙事件被告

村瀬健一

乙事件被告

西村忠彦

乙事件被告

広井久之

右三名訴訟代理人弁護士

大関栄

甲事件被告・乙事件原告

日本興信株式会社

右代表者代表取締役

津曲敬造

右訴訟代理人弁護士

高橋正八

宮田光秀

米林和吉

中野比登志

主文

一1  甲事件被告(乙事件原告)は甲事件原告(乙事件被告)に対し、金一三万三五五一円及びこれに対する昭和五三年六月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  甲事件原告(乙事件被告)のその余の請求をいずれも棄却する。

二  乙事件被告ら(村瀬は甲事件原告)は各自乙事件原告(甲事件被告)に対し、金二五〇〇万円及びこれに対する昭和五二年六月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、甲乙両事件を通じてこれを五分し、その三を甲事件原告(乙事件被告)の負担とし、その各一を乙事件被告西村忠彦、同広井久之の負担とする。

四  この判決は、第一の1、第二、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

一  当事者の申立て

(甲事件)

(一)  甲事件原告(乙事件被告、以下甲乙両事件を通じ単に「原告村瀬」という。)の請求の趣旨

1 甲事件被告(乙事件原告、以下甲乙両事件を通じ単に「被告会社」という。)は原告村瀬に対し、金一八五万円及びこれに対する昭和五三年六月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告会社の負担とする。

3 仮執行の宣言

(二)  被告会社の答弁

1 原告村瀬の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告村瀬の負担とする。

(乙事件)

(一)  被告会社の請求の趣旨

1 主文第二項と同旨

2 訴訟費用は、乙事件被告ら(村瀬は甲事件原告、以下乙事件被告らを「被告ら三名」といい、乙事件被告西村忠彦、同広井久之を「被告西村」「被告広井」という。)各自の負担とする。

3 仮執行の宣言

(二)  被告ら三名の答弁

1 被告会社の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告会社の負担とする。

二  当事者の主張

(甲事件)

(一)  原告村瀬の請求の原因

1 原告村瀬と被告会社は、昭和五〇年一一月ころ、被告会社を使用者、原告村瀬を被用者として雇用契約を締結した。

2 原告村瀬が所属していた訴外日本興信労働組合(以下「訴外組合」という。)と被告会社は、昭和五二年六月七日、労働協約を締結した(以下これを「本件協約」という。)が、右協約によれば、(1)原告村瀬は、同年一〇月二〇日をもって被告会社を退職する、(2)被告会社は原告村瀬に対し、退職金として金一四〇万円を支払うこととし、これを同年七月から同年一〇月まで四回に分割して毎月二五日限り金三五万円宛を支払う、(3)被告会社は原告村瀬に対し、その在職中、同年三月二〇日現在の月額給与金二〇万円の一〇パーセント増分の給与、月額金一万円の繁忙手当を毎月二五日限り支払い、右一〇パーセント増の月額給与と同額の夏季ボーナスを同年七月中に支払う、と定められている。

3 原告村瀬は、右協約に基づき、同年一〇月二〇日、被告会社を退職した。

4 しかるに、被告会社は原告村瀬に対し、左記金員の支払をしない。

(1) 退職金 金一四〇万円

(2) 同年七月分給与 金二二万円

(3) 同月分繁忙手当 金一万円

(4) 同年度夏季ボーナス 金二二万円

合計 金一八五万円

5 よって、原告村瀬は被告会社に対し、本件協約に基づき、前項記載の金員合計金一八五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五三年六月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  請求の原因に対する被告会社の認否及び主張

(認否)

請求の原因1、2、4の事実は認めるが、同3の事実は争う。

(主張)

1  懲戒解雇による退職金の不支給

(1) 被告会社の就業規則三四条によれば、「従業員の退職金は、別に定める退職金規程により支給する。」とされ、退職金規程七条、八条によれば、「懲戒解雇された者については退職金を支給しない。」「本人在職中の行為で懲戒解雇に相当するものが発見されたときは、退職金を支給しない。」とされているところ、被告会社は原告村瀬に対し、昭和五二年七月一八日、同原告を懲戒解雇する旨の意思表示をしたので、もはや退職金を支給すべき義務はない。

(2) 被告会社の就業規則三七条、三八条によれば、従業員が「本規則にしばしば違反するとき」(三七条二号)、「素行不良にして会社内の風紀、秩序を乱したとき」(同条三号)、「故意に業務の能率を阻害し、または業務の遂行を妨げたとき」(同条四号)、「会社の名誉信用を傷つけたとき」(同条八号)、「業務上の指揮命令に違反したとき」(同条一一号)には、情状により懲戒解雇処分に付するものとされ、就業規則三一条によれば、「従業員は、この規則に定めるものの他、業務上の指揮命令に従い、自己の業務に専念し、作業能率の向上に努めるとともに、たがいに協力して職場の秩序を維持しなければならない。」とされ、同三二条によれば、「従業員は、常に次の事項を守り服務に精励しなければならない。2、自己の職務上の権限を超えて専断的なことを行わないこと、8、作業を妨害し、または職場の風紀秩序を乱さないこと」とされている。

(3) 前項記載の就業規則の各条項に該当する事実、即ち原告村瀬の懲戒解雇事由は、次のとおりである。

<1> 被告会社は、代表取締役である訴外津曲敬造を中心として昭和四二年七月五日設立された金融業を目的とする会社で、昭和五二年二月当時、本店を東京都新宿区に置き、川崎、神田、千葉、赤羽、蒲田、八重洲、立川、船橋の各地に支店を有し、資本金は金一億八〇〇〇万円、従業員数は約五六名であった。同社は、全株式を訴外津曲が保有し、常勤役員は同訴外人のほかには取締役総務部長であった訴外石川康弘だけで、いわば右津曲の個人会社ともいうべきものであり、同訴外人の懸命な努力によって順調に発展していたものである。

なお、被告会社及び訴外津曲は、これまで労働争議を経験したことはなかった。

<2> 昭和五二年二月四日、被告会社内において、原告村瀬らの指導のもとに訴外組合が結成され、原告村瀬が執行委員長、被告西村が副執行委員長、同広井が書記長に就任した。同組合は、同年三月一日、被告会社に組合結成の通告をしたが、その組合員数は結局五二名を数えるに至った。

<3> ところで、被告会社は、昭和五一年暮ころから貸付債権の回収率が低下し、貸付債権の回収に腐心するようになり、昭和五二年二月二三日、債権回収の実を挙げるため、新規融資を停止することとした。被告会社のなした新規融資停止措置はあくまで右目的でなされたものであるから、被告会社には会社規模縮小の意図や動きは全くなく、かえって、現規模の維持、拡大を前提として、新規に店舗を物色し、社員募集をして多数の従業員を新規採用し、従前以上の宣伝をなし、資金導入を図るなどしていたのである。被告ら三名は、被告会社が右の如き状況であったことを熟知しており、特に、原告村瀬は、昭和五一年ころ業務促進室長の地位にあって自ら吉祥寺、藤沢、原町田、浦和に赴き新規店舗の物色をするなどしていたのであるから、右の事情を知悉していたものである。しかるに、被告ら三名は、右融資ストップの事実を利用して訴外組合の活動を激化させ、被告会社の経営権を奪取しようと企て、被告会社が融資の停止により会社規模の縮小を図っていると言いふらして訴外組合組合員の危機感を煽り、後述の如く訴外組合を巧みにリードして被告会社の経営権を奪取していったものである。

<4> 訴外組合は、同年三月七日、執行部指令をもって停止されていた各支店の融資業務を再開させて生産管理を行い、翌八日に行われた第一回団体交渉において、被告会社に対し、(ⅰ)会社を解散し、従業員に一人当たり金五〇〇万円の退職金を支払う、(ⅱ)現在の生産管理を続行する、(ⅲ)会社機構を改革し、意思決定機関としてのA会議、業務執行機関としてのB会議を設け、右両会議の構成員には、経営者側の訴外津曲、同石川も含まれるが、訴外組合側が議決権の多数を確保することとするとの三案を提示し、うちどれか一つを選択するよう強く迫った。被告会社は、訴外組合の右提案を拒否し続けたが、同月一六日訴外組合の力に屈し、右(ⅲ)案を骨子とする合意書に調印せざるを得なかった。被告ら三名は、右合意書が調印されるや、原告村瀬が事業部長、被告西村が管理部長、同広井が総務部長を名乗り、その指示により機構替え、人事異動、業務命令を行い、同年四月一八日には訴外津曲に社内資料の閲覧を禁じ、同月二八日には非組合員が担当していた本店経理事務を組合員の担当とする配置換えを行うなどし、被告会社の経営権を完全に奪取した。被告ら三名は、この間、管理職になったからという理由で訴外組合を擬装脱退し、同月二〇日、訴外老沼喜久男を訴外組合の執行委員長に就任させたが、被告会社から原職復帰命令がなされるや、管理職を名乗ることを止め、同月二二日、擬装脱退者だけで第二組合を作り、その三役におさまった。しかし、訴外老沼は間もなく訴外組合の執行委員長を辞任し、同月二七日、被告ら三名が訴外組合に復帰し、再び三役の地位に就いた。

<5> 以上のようにして、訴外組合は、各支店の資金、預金通帳、債権証書などの会社財産を占有保管するようになり、被告会社が各支店に本店宛資金を送るよう命令しても、訴外組合の組合員である各支店長がこれに応じないところから、被告会社は、自社の財産状況を把握することができず、また、会社財産を侵害される危険を恐れざるを得なくなった。そこで、被告会社は、同年五月二日、訴外組合にロックアウトを宣言し、本、支店の出入口を封鎖した。

<6> 訴外組合は、同月一二日と二四日の二回にわたり訴外津曲の自宅へデモをかけ、同訴外人を罵倒するシュプレヒコールを繰り返し、門塀を揺り、玄関のインターホンを鳴らすなどして家人を脅し、門塀一面にビラを貼り、自宅に深夜しばしばいやがらせの電話をかけるなどした。また、訴外組合は、同月一二日夕刻、西荻窪駅前路上でデモ隊が訴外津曲を取り囲み、約三時間にわたり同訴外人を吊し上げ、更に、非組合員の自宅へもデモをかけるなどした。

このような状況下にあった同月二六日午後一一時ころ、訴外津曲は、原告村瀬から面談を求められ、翌日午前四時ころまでの間、同原告と面談したが、その際、被告ら三名は被告会社から金二五〇〇万円を喝取ないし騙取しようと共謀のうえ、原告村瀬が訴外津曲に対し、「ロックアウト以後組合員は激昂して暴発寸前であり、私はこれを押さえられない。これを止めるためには二五〇〇万円を出して有力メンバーにばらまき、収拾するほかない。そうすれば、会社の閉鎖と債権の回収に協力する。」と申し向け、同月二九日には、「私の案を飲まないと危険な状態になる。私がこれ程まで熱心に言って聞かないなら、私は手を引く。どうなっても知らない。」と申し向けるなどして金二五〇〇万円の交付を要求し続けた。このようなことから、訴外津曲は、次第に原告村瀬の要求に応じざるを得ないかとも思うようになったが、そのような事態にあるか否か疑念もあったので、他の三役の話も聞かせてほしい旨の申し入れをなし、同年六月一日午前九時ころ、被告ら三名と面談することとした。訴外津曲は、新宿区内の喫茶店で被告ら三名と会ったが、その際、被告広井が訴外津曲に対し、「二五〇〇万円は絶対必要だ。社長がぐずぐずしていると、若い者は気が立っているから、夜道にスパナで殴られるかもしれない。組合が社長の娘さんの校友会名簿を入手したので、PTAに暴露記事をばらまくかもしれない。」などと虚偽の事実を申し向けて脅迫するなどし、金二五〇〇万円の交付を要求した。このような経過の中で、訴外津曲は、このままでは会社の財産、自己及び家族の身体、名誉が侵害されるものと畏怖し、これを避けるためには、被告ら三名に争議解決の工作資金として金二五〇〇万円を交付するほかないと決心するに至った。そこで、訴外津曲は、平和相互銀行新宿支店に赴き、被告会社名義の預金口座から金二五〇〇万円を引き出したうえ、これを被告西村に交付した。同被告は、銀行前に停車中の自動車内で待機していた原告村瀬とともに同所を去り、被告広井は、前記喫茶店から当日団交の予定されていた場所へ直行した。

<7> 同日、被告会社と訴外組合との間で団体交渉が行われたが、組合側の対応はこれまでのものとは全く異ったものとなり、妥結の方向に進展した。被告会社と訴外組合間の団体交渉は、その後も継続されたが、いずれの場合も事前に被告ら三名が訴外津曲と密会し、予め筋書を協議したうえで交渉の場に臨むというもので、組合側の対応も予め被告ら三名の立てた筋書どおりに行われるというものであった。このようにして、同月四日、被告会社、訴外組合間で本件協約が合意に達し、同月七日、双方がこれに調印するに至ったが、右協約に基づき、被告西村、同広井は被告会社を退職し、原告村瀬は被告会社に残留した。

訴外津曲は、前記争議解決後、被告ら三名を除く他の訴外組合組合員らと工作資金の件を話し合ったところ、前記工作資金は全く右組合員らに知らされておらず、被告ら三名で前記二五〇〇万円を分配していることが判明した。

<8> 原告村瀬は、被告会社の業務促進室長として、業務の拡大及び監督をなす職責があり、自己が遂行した職務の経過及び結果を被告会社に報告しなければならない義務を負担していたものである。ところが、原告村瀬は、昭和五二年四月三〇日までには、もと被告会社千葉支店の店長訴外神山昂が、昭和五一年一二月ころから昭和五二年四月一四日ころまでの間に少くとも合計七九回にわたり、架空人名義で真正な融資手続を仮装して合計金五二九万円を着服横領していることを確知し、債権管理室長の地位にあって、不良債権発生原因の調査及び取立をなす職責があった被告西村とともに右事件の調査に当たっておりながら、被告会社に右事件の経過及び結果を全く報告せず、訴外組合の組合員及び訴外神山の保証人に口外を禁じたうえ、自己の一存で訴外神山に対する被告会社の損害賠償請求権を一部免除するなどし、一切内密のうちに処理してしまった。

<9> また、原告村瀬は、本件協約に基づき被告会社に残留したが、会社の残務整理を遅延させる目的で他の残留従業員にサボタージュを指示し、また、回収金を横領する目的で他の残留従業員に会社保管の貸金証書を破棄するよう指示した。

<10> 以上の次第で、前記原告村瀬の会社乗っ取り行為は就業規則三七条二、四、一一号、三一条、三二条二、八号に、金二五〇〇万円の喝取又は騙取行為は同三七条三号に、訴外神山の横領事件内密処理は同条二、三、八号、三一条に、争議解決後のサボタージュの指示、証書破棄の指示は同三七条四号にそれぞれ該当する。

2  給与、繁忙手当請求権の不発生、消滅

原告村瀬は、前記のとおり、昭和五二年七月一八日、被告会社から懲戒解雇の意思表示を受けて従業員の地位を失い、以後就労もしていないので、右解雇後の賃金請求権はない。そして、右同日までの七月分給与及び繁忙手当については、右懲戒解雇の意思表示を受けた際、被告会社に対し右請求権を放棄した。

3  賞与請求権の不発生

被告会社においては、ボーナスは支給日に在籍する従業員に限り支給するものとされていたが、原告村瀬が昭和五二年七月一八日限り従業員としての地位を失ったことは前記のとおりで、同年度夏季ボーナス支給日である同年同月三一日現在、原告村瀬は、被告会社に在籍していなかったから、同年度夏季ボーナスの請求権は発生しない。

(三) 被告会社の主張に対する原告村瀬の認否及び反論

(認否)

1  被告会社の主張1の事実中、被告会社から原告村瀬に対し、主張のような解雇の意思表示がなされたこと、被告ら三名が訴外津曲から金二五〇〇万円の交付を受けたことは認めるが、その余の点は争う。

2  同2の事実中、原告村瀬が主張のような解雇の意思表示を受け、以後就労していないことは認めるが、その余は否認する。

3  同3の事実中、被告会社においては、ボーナスは支給日に在籍する従業員に限り支給するものとされていたこと、原告村瀬が主張の如き懲戒解雇の意思表示を受けたことは認めるが、その余は争う。

(反論)

1  被告会社主張の如き就業規則が仮に存在するとしても、それは監督官庁の追及を免れるため形式的に作成、届出がなされたものにすぎず、労働者代表者の意見を聴き、従業員にこれを周知させることが全くなされていないのであって、就業規則としての効力を有しない。

また、仮に右の就業規則が有効であるとしても、本件退職金請求は、本件協約に基づくもので、支給条件も協約に明示してあり、それ自体独自性の認められる労働協約を根拠とするものであるから、本件に就業規則の規定を適用する余地はない。

2  被告ら三名が被告会社から交付を受けた金二五〇〇万円は、被告ら三名が訴外津曲に詐欺又は脅迫を加えたことにより交付されたものではなく、被告ら三名が訴外津曲から被告会社の人員整理等を依頼され、これに応じて組合工作をし、争議を解決に導いた手数料として被告会社から任意の交付を受けたものである。また、被告会社主張のような会社乗っ取り行為、神山事件の内密処理、争議解決後のサボタージュの指示や証書破棄の指示がなされたこともない。したがって、被告会社のなした原告村瀬に対する本件懲戒解雇は、何ら懲戒解雇事由がないか、又は懲戒解雇を相当とするほどの背信性がないのになされたものであって、権利の濫用として無効である。被告ら三名が被告会社から金二五〇〇万円の交付を受けた経緯は、次のようなものであった。

(1) 被告会社は、以前は比較的順調な業績を挙げていたものであるが、訴外津曲が外資導入による会社規模の拡大を企図し、従業員の増員を続けるうち、昭和五一年暮に外資導入に失敗し、そのため一転して人員整理による会社規模の縮小を企図し、従業員に対する一方的な遠隔地配転、減給、事務机の取り上げ等の悪質な減員策をとるようになった。そのようなことから、被告会社においては、昭和五二年二月四日、訴外組合が結成された。

(2) 被告会社は、同月二三日ころ、訴外組合がいまだ弱小組合であったところから、一方的に貸付業務を停止することを決定し、その旨の措置をとった。右の停止措置に当たっては、従業員にその理由及び期間の提示がなかったので、従業員は右措置に対し大いに不安を感じ、そのため、訴外組合は、同年三月七日、被告会社に貸付業務の再開を要求したものである。被告会社の貸付業務の再開は、被告会社が任意にこれに応じたことによってなされたものであり、訴外組合が生産管理を行ったなどというものではない。

(3) 被告会社と訴外組合との間でなされた組織変更に関する合意は、完全な労使協調体制として、労使双方が完全に任意の状態で、むしろ被告会社のリードのうちに合意に至ったものであった。即ち、同月八日、右両者間で第一回団交が行われ、労働基本権の確立につき双方前向きに検討する旨確認したところ、被告会社は、サラ金業務の廃止、商工業者への貸付への転換、会社規模の縮小方針を発表したので、訴外組合は、右問題を検討し、同月一一日の第二回団交において、<1>あくまで会社が規模縮小のため人員整理の方針ならば、対象者一人につき金五〇〇万円を支払う、<2>会社に経営意欲がなければ組合が業務推進に努力する、この場合には、ある程度組合に任せてもらいたい、<3>会社組織を改革し、労使協調して経営に当たるとの三案を提案した。これに対し、被告会社は、右三案中の<3>案を希望したので、これにつき労使双方詳細な検討を加えたうえで合意に達し、文案を作成したうえ、同月一六日ころ合意書に調印するに至ったものである。したがって、訴外組合は、右合意に至る過程で何ら無理強いはしておらず、その内容も、訴外津曲にはA会議、B会議における議決権が三票も与えられ、その構成員はすべて非組合員とすることとされているのであって、右両会議の構成や議決権についても、合意に至る過程で被告会社の主張が十分容れられているのである。

(4) 被告ら三名の部長職就任は、訴外津曲の提案によりA会議で決定されたもので、何ら不当なものではなく、また、その訴外組合からの脱退は、三名が管理職に就任したため他の構成員とともに訴外組合から脱退したもので偽装脱退ではない。被告ら三名は、以上のようにして成立した被告会社の新体制に従って行動していたもので、右の労使協調体制が崩壊したのは、同年四月一八日ころに至り、突如訴外津曲が被告ら三名に原職復帰を強要し、前記合意を公然と無視する態度に出たことによるものである。また、被告ら三名が第二組合を結成したのは、被告会社から原職復帰命令があったので訴外組合に復帰しようとしたところ、意見が合わなかったのでやむなく第二組合を結成したものであり、被告ら三名がその後訴外組合に復帰したのは、訴外組合からの強い要請があったからである。被告ら三名は、被告会社の一方的な新体制破壊行為に抗議して声明文を発表するなどして、被告会社が労働権無視の態度を改め、健全な会社経営をするよう要求したことはあるが、訴外津曲に社内資料の閲覧を禁じたり、経理事務員の配置換えをするなどして経営権の奪取を図ったようなことはなく、むしろ被告会社に協力的であったものである。

(5) 被告会社は、同年五月二日ころ、会社規模の縮小を強行するため、訴外組合が全く争議行為をしていないのに突如ロックアウトを行った。しかし、訴外組合は、被告会社を相手方として都労委に調停の申立てをし、問題を円満に解決すべく努力するなど、終始平穏な態度を維持してきたものであり、訴外津曲を欺罔し又は畏怖させるような行為はしていないし、そのような行為をする必要性も全くなかったものである。右都労委における調停は、労使間にいわゆるホットラインを設けることで打切りになったが、右ホットラインは、訴外津曲から原告村瀬にかけられるのがほとんどであった。

(6) 被告ら三名が被告会社から金二五〇〇万円を受領したのは、同年五月下旬に訴外津曲から原告村瀬に面談の申し入れがなされ、その席上、訴外津曲の方から金二五〇〇万円の手数料を支払うので会社整理に協力してほしいとの申し入れがなされ、被告ら三名が右の協力要請を受け、組合員を説得して被告会社と訴外組合間の紛争を解決し、そのため被告会社から手数料として金二五〇〇万円が任意に交付されたからである。金二五〇〇万円の手数料は、一見高額ではあるが、会社と組合間の紛争が解決するならば、人員整理、人件費の節減ができ、業務の転換も可能になるので、被告会社にとっては決して高いものではなかったのである。なお、被告ら三名の金二五〇〇万円の受領については、昭和五二年ころ被告会社からの告訴に基づき警察、検察庁において取調べがなされたが、結局不起訴処分となって終結している。

(7) 被告会社主張の訴外神山の事件の内密処理及び争議解決後のサボタージュの指示並びに債権証書破棄の指示は、いずれも事実無根である。仮に神山事件の内密処理が事実だとしても、原告村瀬がそのなした調査の経過及び結果を被告会社に報告しなければならない義務はない。

(四) 原告村瀬の反論に対する被告会社の再反論

原告村瀬の就業規則に関する反論は、いずれも時機に後れてなされた攻撃防禦方法であるから却下さるべきものであり、仮にそうでないとしても、その反論の内容はすべて争う。

被告会社は、就業規則制定に当たり、全従業員の意見を聴取しているし、全従業員は就業規則の存在及び内容を了知している。仮に、原告村瀬が就業規則の存在及び内容を知らなかったとしても、同原告は就業規則の適用を免れない。また、本件協約は、就業規則所定の退職金支給基準率、支払方法等につき変更を加えたものであって、その余の協約に定めのない事項については、依然として就業規則の定めるところによるものである。したがって、退職金の不支給についての定めである就業規則三四条、退職金規程七条、八条は、当然本件に適用されるべきものである。

(乙事件)

(一)  被告会社の請求の原因

被告ら三名は、甲事件における被告会社の主張欄1(3)<1>ないし<7>記載のとおり、共同して、被告会社代表者訴外津曲に対し、脅迫ないし欺罔行為をなして同訴外人を困惑、畏怖させるとともに欺罔し、その結果、被告会社から不法に金二五〇〇万円の交付を受けてこれを喝取ないし騙取し、同社に同額の損害を被らせたものである。

よって、被告会社は被告ら三名各自に対し、不法行為に基づく損害賠償として、金二五〇〇万円及びこれに対する不法行為の日ののちである昭和五二年六月二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  請求の原因に対する被告ら三名の認否及び主張

甲事件における被告会社の主張に対する原告村瀬の認否1及び反論2記載のとおり。

三  証拠(略)

理由

一  原告村瀬と被告会社が、昭和五〇年一一月ころ、被告会社を使用者、原告村瀬を被用者として雇用契約を締結したこと、原告村瀬が所属していた訴外組合と被告会社が、昭和五二年六月七日本件協約を締結し、右協約によれば、(1)原告村瀬は、同年一〇月二〇日をもって被告会社を退職する、(2)被告会社は原告村瀬に対し、退職金として金一四〇万円を支払うこととし、これを同年七月から同年一〇月まで四回に分割して毎月二五日限り金三五万円宛を支払う、(3)被告会社は原告村瀬に対し、その在職中、同年三月二〇日現在の月額給与金二〇万円の一〇パーセント増分の給与、月額金一万円の繁忙手当を毎月二五日限り支払い、右一〇パーセント増の月額給与と同額の夏季ボーナスを同年七月中に支払う、と定められていること、被告会社が原告村瀬に対し、前記の退職金金一四〇万円、同年七月分給与金二二万円、同繁忙手当金一万円、同年度夏季ボーナス金二二万円、合計金一八五万円の支払をしないことはいずれも当事者間に争いがない。

二  ところで、原告村瀬は、同年一〇月二〇日に被告会社を退職するまで被告会社に在職したことを前提として前記退職金等の支払を求めるのに対し、被告会社は、同年七月一八日に原告を懲戒解雇し、右解雇は有効であるとして右退職金等の支払義務がないことを主張するので、まず被告会社の原告村瀬に対する右懲戒解雇の効力につき判断する。

被告会社が原告村瀬に対し、昭和五二年七月一八日、同原告を懲戒解雇する旨の意思表示をしたこと、被告ら三名が訴外津曲から金二五〇〇万円の交付を受けたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件紛争に至るまでの被告会社及び訴外組合の状況

1  被告会社は、もと個人で金融業を営んでいた訴外津曲が、自己の資金を拠出し、主にその一族を役員として、昭和四二年七月五日に設立した金融業を目的とする会社であり、昭和五二年二月当時、東京都新宿区に本店を置き、川崎、神田、千葉、赤羽、蒲田、八重洲、立川、船橋に各支店を有し、従業員約五六名を擁する資本金一億八〇〇〇万円の会社であった。同社は、当時貸付用の資金として約二億二〇〇〇万円を保有していたが、うち一億円は訴外津曲から貸付を受けたものであり、同訴外人のほかに常勤の役員は総務部長であった訴外石川康弘ただ一人という状態で、その実情は訴外津曲のいわゆる個人会社の如きものであった。被告会社は、設立以来減資をしたことや、貸付用資金、従業員数、支店数が減少したようなことはなく、むしろ右のいずれについても増大の一途をたどり、新規に役員を募集して相当数の従業員を採用し、多額の広告費用を投じ、銀行から貸付用資金の融資を受けるなど企業の維持、拡大を前提とする諸活動を続けていた。

なお、被告会社及び訴外津曲は、これまでに労働争議を経験したことは全くなく、これまで被告会社内において、従業員の間から労働条件の維持改善等をめぐり特段の要求がなされるようなこともなかった。

2  被告会社においては、昭和五二年二月四日、原告村瀬らの指導のもとに訴外組合が結成され、その執行委員長に同原告、副執行委員長に被告西村、書記長に同広井が就任し、同年三月一日には、訴外組合から被告会社に対する組合結成の通告がなされた。訴外組合の組合員は、結成時には二九名であったが、同年二月二八日現在では五三名となり、被告会社においては、訴外津曲、同石川、同鳥海臣造(経理担当)、同松波幹子(経理担当)を除く全従業員がすべて訴外組合に所属することとなった。

(二)  本件紛争の状況等

1  被告会社は、昭和五一年ころから貸付債権の回収率が著しく悪化し、債権管理室長であった被告西村が中心となって債権回収業務に腐心していたが、同年度の貸倒損失額及び件数は、前年度のほぼ二倍となり、貸付債権の回収が企業経営上の重要な問題となった。そこで、被告会社は、昭和五二年二月二三日、不良債権を洗い直し、債権回収の実を挙げるため、全店一斉に新規融資を停止する措置をとった。右の措置は、あくまでも右目的のためにのみなされたもので、被告会社には会社規模を縮小しょうとの意図や動きは全くなく、前記のとおり、現規模の維持、拡大を前提としての諸活動を行っていたのである。当時、原告村瀬は、本店の業務促進室長の地位にあり、自ら原町田や浦和に赴くなどして新規店舗を物色したり、新入従業員の教育に当たるなどしており、被告西村は本店の債権管理室長、同広井は債権管理課員として債権回収業務等に従事していたものであり、被告会社がこれまでに融資停止措置をとったのは決して稀なことではなかった。したがって、被告ら三名は、被告会社が融資をストップした真の理由を十分に判っていたものであるが、被告会社の融資停止措置を利用し、融資の停止により被告会社が会社規模の縮小を図っているものと宣伝して訴外組合の組合員の危機感を煽り、訴外組合を巧みにリードして、被告会社における経営上の実権を奪取していった。その事実経過は、以下のとおりである。

2  訴外組合は、昭和五二年三月四日、突如執行委員会名で被告会社に対し「緊急回答要求書」を送付したが、その内容は左記のようなものであった。

当執行委員会は、昭和五二年三月三日次の事項を決定致しましたので通告致します。

一、昭和五二年三月七日午後一二時以降、当執行委員会名にて、融資を再開するよう各店店長に通達する。

二、貴方において、右通達に異議ある場合は昭和五二年三月七日午前一〇時限りをもって貴方の希望する融資再開日を当執行委員会宛文面(希望日を定めたる理由を明記して)にて回答されたい。

三、当該回答に道理有りと当執行委員会が判断したる場合は、上記通達にかえて貴方が希望する融資再開日を貴方名にて通達することに同意する。

理由

昨日(昭和五二年三月三日)の当執行委員会において、当社の営業の現状を分析したるところ、状況は容易ならぬところまで進行してしまっているとの結論に至りました。従って、現状態をこのまま続行させることは、当社の存続をも危くするとの意見が大勢を占めました。このことは、とりもなおさず組合員の生活基盤をおびやかすことになると判断致します。組合員の生活条件の維持改善を基本理念としている組合の信任を受けている当執行委員会は、この危機的状況を正確に捉えていないと思われる経営陣にかわり、組合員の生活を守るため実力にて経営権の一部を行使せよとの広汎なる組合員の強い要請により上記通達を行うことを決定した次第であります。

右緊急回答要求書を見て驚いた訴外津曲は、同月四日夜、石川総務部長とともに被告ら三名及び各支店長らと会い、不良債権が増加しているので、債権回収に専念しなければならないこと、直ちに融資を再開すると、不良債権がますます増大することを説き、訴外組合が融資再開を思い止まるように懸命に説得を続けたが、被告ら三名及び各店長ら訴外組合側の返答は、融資ストップには応じられない、再開は強行するというものであった。被告会社は、右の問題につき都労委に斡旋申請をなし、同月七日、訴外組合に対し、「一、融資再開日を四月一日とする。二、理由 融資業務再開に当たっては、当然従来より一層きびしい規制が要求されるので、安全債権を確保する為に、第一線社員が融資を円滑に出来るよう協議して融資基準を確立したい。」旨の記載がなされた前記緊急回答要求書に対する被告会社の回答書を交付した。ところが、訴外組合は、前同日、執行委員会名をもって各支店長に対し、停止されていた融資業務を再開するよう指示をし、これを受けた各支店長は、回収された債権を本店に送金せず、各支店において融資業務の再開を命じたので、各支店の融資業務は再開されることになった。

3  訴外組合は、その後被告会社に対し団体交渉を要求し、同月八日及び一一日の二回にわたり、訴外組合は組合員がほぼ全員出席し、被告会社は訴外津曲、同石川が出席して団体交渉の場が設けられた。ところが、右の団交においては、原告村瀬が予め用意した声明文を読み上げ、被告会社に対し、(1)被告会社を解散し、従業員一人当たり金五〇〇万円の退職金を支払う、(2)現在の組合の自主運営体制を続行する、即ち、労働組合に全経営権を委譲することを基本方針とし、訴外津曲は労働組合の経営方針に希望を述べることができる、(3)会社機構を改革することとし、意思決定機関としてA会議、業務執行機関としてB会議を設け、その構成員中には訴外津曲、同石川も含まれるが、いずれも組合側が議決権の多数を確保することとする、との三案を提示し、このうち一つを選択するよう強く迫った。被告会社は、訴外組合の右要求に対し抵抗をし続けたが、各支店に回収資金を本店宛送金するよう再三にわたり命じても全くこれに従わず、右回収資金をもとに各支店における融資が継続され、また訴外組合からは更に融資を継続する旨脅されたので、同月一六日、会社資金の散逸を恐れて訴外組合の圧力に屈し、右(3)案を骨子とする被告会社、訴外組合間の「合意書」に調印するに至った。右合意書の内容は、左記の如きものであった。

一 訴外津曲の給与について

訴外津曲には、昭和五二年三月から限定されない将来にわたり、同年二月時の給与の七〇パーセントが保証される。

二 会社機構の改革について

(一)  被告会社の最高意思決定機関として、経営最高幹部会議(A会議)を設け、そのメンバーは、<1>社長、<2>社長室室長、<3>企画室室長、<4>債権管理室室長、<5>店長代表二名、<6>労働組合幹部とし、その議決権は、<1>が三票、その余は一票とする。A会議の議決事項は、店長以上の人事、店舗再編成及び新設、閉鎖、会社組織改革及び新設、営業種目の増設変更、一週間以上の融資ストップ等短期緊急事項、ボーナス支給日の決定、労働協約、就業規則の変更等会社の基本方針に関することとする。

(二)  また、被告会社の日常業務に関する政策決定機関として、営業会議(B会議)を設け、そのメンバーは、<1>社長、<2>社長室室長、<3>企画室室長、<4>債権管理室室長、<5>各店店長とし、その議決権は、<1>が三票、その余は一票とする。

(三)  社長は、対外的には被告会社第一位の地位とし、AB両会議のメンバーで各三票の議決権を有するほか、社長室室長を通じて、全ての社内データの提出を求め、これに関する質問及び希望の開陳ができる。社長室室長は、対外的には被告会社第二位の地位とし、各部門、各担当者間の調整役を司る。訴外石川を総務部長から解任し、社長室室長に任ずる。

4 被告ら三名は、右合意書の調印後に開催されたA会議における決定に基づくものであるとして、原告村瀬が事業部部長、被告西村が管理部部長、被告広井が総務部部長を名乗り、被告ら三名を右の各部長に任ずるなどの人事異動を発令し、八重洲店を神田店に、船橋店を千葉店に、立川店を本店に統合するなどの店舗再編成を行い、その他各種の業務命令を発するなどした。そして、同年四月八日ころには、自ら新たな労働協約案を作成してこれを訴外津曲に提示し、これへの調印を強く迫り、容易にこれに応じようとしない同訴外人に対し、同月一四日ころ被告広井名義で右調印を求める要請書を発し、同月一八日には被告ら三名名義をもって声明を発し、労働協約調印の日まで訴外津曲に一切の社内資料を閲覧させないこととする旨の通告をなした。

これに対し、訴外津曲は被告ら三名に対し、同月一八日ころから同月二二日ころにかけて、前記A会議には招集権者、招集手続に関する規定がない、企画室の設置及び室長の任命がない、会議に出席すべき店長代表二名、労組幹部一名の選出方法の規定がないなどと主張してA会議の存在を公然と否定するような言動をして同会議への出席を拒否し、被告ら三名が前記各部長としてなした各行為につき、右は経営権を侵害する越権専行行為であり、重大な規律違反であるとして、右の各行為の停止と、原職への復帰を命ずる旨の内容証明郵便を発するなどした。

このため、被告ら三名は激怒し、同月二二日、被告ら三名ほか二名の五名をもって訴外組合を脱退し、総評全国一般労働組合日本興信自立労組(以下「自立労組」という。)を結成した旨の通告を被告会社になし、自立労組名義をもって被告会社に対し、「檄」と題する文書を交付するなどした。同文書には、訴外津曲らを不誠実であるとして激しく非難し、右五名は自立労組を結成して果しなき戦いを徹底的に戦い抜くので、訴外津曲は自身の地位と家庭を守るべし、不誠実なる貴殿にこの檄文をたたきつけるなどと記載がなされていた。訴外組合の執行委員長には、同月二〇日ころから訴外老沼喜久男が就いていたが、同訴外人は被告会社と自立労組との緊張関係が高まった同月二七日ころには訴外組合の執行委員長を退き、被告ら三名が訴外組合に復帰してその三役におさまった。

この間、訴外石川は、訴外津曲とともに訴外組合との折衝に当たるなどしていたが、被告ら三名によって机を移動され、仕切りで囲われたりし、会社と組合との板挟みになってやがて被告会社を退職していかざるを得なくなった。また、被告会社の経理を担当していた訴外鳥海は、訴外津曲の指示に従って支店からの送金依頼を拒否したところ、被告ら三名に担当を外されたり(その間、訴外組合の組合員が経理事務を担当した。)、それまで自分が保管していた日計表を訴外組合の保管とするよう被告ら三名に命じられたり、結局これに従わざるを得なかった。

以上のような状況で、被告ら三名を中心とする訴外組合は、各支店における被告会社の資金、預金通帳、債権証書などの会社財産の占有保管を続け、各支店は、訴外組合の指示のもとに債権の回収と貸付を継続し、訴外津曲が各支店に支店資金を本店宛に送金し、また、預金通帳等を返還するよう命じても、各支店長らが訴外組合の組合員であるため全くこれに従わなかった。このようなことから、被告会社は、自社の財産状況の把握もできず、そのままでは不良債権の増大や債権管理の不十分なことなどから会社財産が散逸する重大な危険が生じたので、やむなくロックアウトを実施することとし、同年五月二日、訴外組合にロックアウトを宣言して本、支店の出入口を封鎖した。

5 その後行われた被告会社と訴外組合との話し合いにおいて、訴外津曲は事業廃止をにおわせるようになったので、それ以降の被告会社と訴外組合の話し合いの内容は、前記3記載の組合案(1)を基本線とするもの、即ち、被告会社を解散し、従業員が被告会社を退職することを前提として、被告会社が従業員にどの程度の退職金を支払うことにするかということに変っていった。そして、右の退職金額についての双方の主張は、当初、訴外組合が従業員一人当たり月額賃金の一七か月分を主張したのに対し、被告会社は一か月を主張し、互いに譲らなかった。そのため、訴外組合は、同月九日、都労委に対しロックアウトの解除と団交を求めて斡旋申請をしたが、訴外組合と被告会社の主張は平行線をたどり、右斡旋は結局打切りとなり、同月中旬ころ以降は、被告ら三名を含む訴外組合の執行委員七名と訴外津曲が右の点について交渉を行うことになったが、退職金額についての双方の主張は依然として変ることはなかった。このようなことから、訴外組合の訴外津曲に対する有形無形の圧力は次第に強いものとなっていき、訴外組合は、同月一二日と二四日の二回にわたり、組合員ほぼ全員が参加して原告村瀬らの指示のもとに訴外津曲の自宅にデモをかけ、「能のない社長は退陣しろ、給料を払え、会社を再開しろ」などとマイクでどなり立て、門扉や付近の電柱などに同旨の内容のビラを貼りつけ、門塀を揺ぶり、玄関のインターホンを激しく鳴らすなどし、また、昼夜を問わず同訴外人の自宅に頻繁にいやがらせ電話をし、注文もしない商品が同訴外人宅へ届けられるよう工作したりした。更に、訴外組合は、同月一二日午後五時ころから午後八時ころまでの間、デモのあと路上で出会った訴外津曲を取り囲み、解放を懇願する同訴外人の声を無視して一方的に吊し上げを続け、また、原告村瀬の指示のもとに非組合員である訴外松波の自宅へデモをかけたりした。訴外津曲は、高血圧、胃炎、椎間板ヘルニアなどの持病を有し、もともとあまり健康でなかったところ、前記のような一連の出来事のため、その健康状態は次第に悪化して行き、訴外津曲及びこれと同居していたその妻、二女(当時一六才)、長男(当時一〇才)は、前記のような出来事のため、夜はよく眠れず、食事もよく喉を通らないような状況で、恐怖を感じながら暗い毎日を送っていた。

6 このような状況にあった同月二六日の午後一一時ころ、原告村瀬は、訴外津曲の自宅に電話をして同訴外人との面談を求め、同訴外人が指定した付近のスナック(交番の前にある)で翌二七日の午前四時ころまで面談したが、その席において、同訴外人に対し、「ロックアウト以降組合員は激昂して暴発寸前にあり、私は執行委員長として組合を押さえることはできない。私は委員長としてではなく、村瀬個人として社長のためを思って言うのだが、これを止めるためには、二、五〇〇万円出して有力なメンバーにばらまき、収拾するほかない。」などと申し向け、予め作成してきた書面に基づいて具体的に収拾策を説明し、金二五〇〇万円を支払えば会社の閉鎖及びこれに伴う債権回収に協力する旨申し述べた。右書面には、従業員五三名の退職等についての具体案が示されており、三八名の従業員については六ランクに分けて実質金九五万円から金一四二万円程度の退職金を支払うことにより退職し、一五名の従業員は一定の条件のもとに残留する旨の記載がなされていた。

訴外津曲は、原告村瀬の右申出を拒否したところ、同原告から同月二七日夜と同月二九日朝の二度にわたり電話があり、前記交番の前のスナック等で面談し、再び熱心な説得を受けた。訴外津曲は、原告村瀬の右申出を拒否し続けていたが、容易に説得に応じない同訴外人の態度に業を煮やした原告村瀬から、「それでは自分は手を引く。どうなっても私は知らない。これ以上の責任はとれない。」と言われ、各支店の資金等が組合の手により管理される状態が続いていたこと、自宅へのいやがらせ電話等も続いていたこと、訴外石川も退職して訴外津曲は完全に孤立無援の状態にあったこともあって、原告村瀬の右申出を拒否し続けると、暴発が自身及び家族の上に及ぶかもしれないとの不安にかられ、原告村瀬の右申出をのまざるを得ないような心境になっていった。

同月三〇日夜、訴外津曲は原告村瀬と会い、同原告から、前日見せられた退職金の支払計画を記載した書面及び予め作成してきた今後の団交のスケジュールを記載した書面を交付されたが、右団交のスケジュールを記載した書面には、団交は同年六月一日及び二日の二回行い、被告会社は第一回団交において四・五か月を提示し、会社縮小案に協力するなら再考することとする、訴外組合は七か月プラスアルファを要求する、被告会社は第二回団交において六か月を提示し、縮小案を示すこととするなど、紛争終結に至るまでの団交のスケジュールが具体的に記載されており、原告村瀬はこれらの書面に基づいて訴外津曲に紛争解決計画を説明した。そして、原告村瀬は、訴外組合が押さえていた各支店の預金通帳約一〇冊及び印鑑を訴外津曲に返還し、これで金二五〇〇万円を融通するように申し渡した。

訴外津曲は、同年五月三一日にも原告村瀬と会い、団交のスケジュール、金二五〇〇万円の支払方法、時間、場所等についての指示を受けたが、同日には、預金通帳等の返還を受けたこともあって多少強気になり、原告村瀬に対し、同原告の話だけを聞いていでも信用しかねるので、被告西村、同広井の両名にも会わせてほしいと要求した。ところが、同日の深夜、泥酔した訴外組合の組合員二名が訴外津曲方に来て、塀を叩いたり登ったりし、また、付近の電柱に登って大声を出したりしたため警察に通報するような出来事があり、訴外津曲の多少強気になった気持はすっかり萎えてしまった。

訴外津曲は、同年六月一日午前一〇時ころ、前日に原告村瀬から指示されたとおり東京都新宿区内の喫茶店へ行き、被告ら三名と会ったが、前日指示された金二五〇〇万円は持参せず、右金員は支払いたくない旨の意思を表明した。これを聞いた被告広井は訴外津曲に対し、「もうタイムリミットだ。お前何をしているのだ。お前スパナでぶんなぐるぞと組合員が言ってる。殺すと言ってるぞ。他の組合員がお前の娘の同窓会名簿を入手して暴露記事を出すと言っている。」などと申し向けて同訴外人を脅迫し、金二五〇〇万円の交付を要求した。原告村瀬及び被告西村の両名は、傍で右のやりとりを見聞していた。このようなことから、訴外津曲は、このままでは自己及び家族の生命、身体、名誉等に危害が及びかねず、これを避けるためには組合工作のために金二五〇〇万円を交付する以外にないものと考え、同日午前一一時ころ、被告ら三名に金二五〇〇万円を交付する腹を最終的に固めた。そこで、訴外津曲と被告ら三名は一たん別れ、平和相互銀行新宿支店で落ち合うことになった。

訴外津曲は、同日午後二時ころ右銀行に赴き、被告会社名義の預金口座から金二五〇〇万円を引き出し、同銀行内でこれを被告西村に交付した。そのとき、原告村瀬は、右銀行前に停車中の自動車内で待機しており、被告広井は、同日午後一時から団交が行われる予定になっていたので、組合員をおさめておくと言い置いて前記喫茶店から団交の行われる予定だった場所に直行した。現金を受領した被告西村は、待機していた原告村瀬とともに右自動車でいずこかへ立ち去った。

7 被告会社と訴外組合間で行われていた前記退職金についての団交は、同年五月末ころには被告会社が三か月を主張するのに対し、訴外組合は一三か月を主張し、容易に歩み寄りを見せなかった。そのような状況にあった同年六月初めころ、訴外組合の執行委員であった訴外小川龍三は、原告村瀬から退職金は七か月前後が妥当ではないか、給与一割増で残留して紛争をまとめてみないか、他の残留候補者を説得してくれないかとの電話を受け、原告村瀬らの指示のもとに訴外組合の組合員の説得等に当たることになった。同月三日ころの訴外組合組合員の多数は、退職金としては一七か月ないし一三か月で妥結すべきであると考えており、そのころ訴外小川が組合員に対し行ったアンケートにおいても、一〇か月未満を主張するものは少なかった。そこで、訴外小川は、前記村瀬の指示に沿うべく組合員の説得を続け、更にアンケートをとるなどした結果、同月四日ころに至りようやく組合員の意思を前記村瀬の指示に沿うものに変えることに成功した。

8 ところで、前記金二五〇〇万円の現金の授受を終えたのちの被告会社と訴外組合の団体交渉は、右現金の授受以降数回にわたり行われたが、いずれの場合にも事前に被告ら三名が訴外津曲と密会し、予め筋書を協議したうえで交渉の場に臨むというものであり、訴外組合の対応も予め被告ら三名が立てた筋書どおりのものであり、被告会社と訴外組合との紛争は妥結の方向に進展した。そして、同月四日ころ、本件協約が合意に達し、同月七日、右協約の調印が行われた。右協約の内容は、(1)訴外組合の組合員は、残留者一五名を除き、同月七日限り退職する。(2)残留者は、同年一〇月二〇日までに退職する。(3)被告会社は右組合員に対し、金五五万円から金二〇三万円までの退職金(合計金五六九〇万円、一人当たり七・五か月分、一人平均一〇七万円余)を支払うなどというものであり、その骨子は、訴外津曲が同年五月二六、二七日に原告村瀬から示された同原告作成の前記書面と符合するものであった。

なお、被告会社の従業員は、本件協約締結当時、殆んどが入社後三年未満の者で、入社後間もない従業員も相当数存在した。

9 本件協約に基づき、被告西村、同広井は被告会社を退職し、原告村瀬は被告会社に残留することになったが、同原告は、残務である貸金の回収が円滑に行われると早期に退職しなければならなくなることを恐れ、残務整理中の残留従業員に対し、「回収してしまえば用がなくなる。そう早く自分の首を締るな。」などと言ってサボタージュを指示した。また、同原告は、被告会社の貸金の明細を不明にさせる目的で、他の残留従業員に対し、被告会社保管にかかる債権台帳を破棄するよう指示したりもした。

10 ところで、被告会社のもと千葉支店長であった訴外神山昂は、昭和五一年一二月ころから昭和五二年四月一四日ころまでの間、少くとも前後七九回にわたり、架空人名義で真正な融資手続を踏んだものと仮装するなどしたうえ、被告会社所有の金五二九万円位を着服するなどしたものであるが、当時、原告村瀬は、被告会社の業務促進室長の地位にあって、業務の拡大及び監督をなすべき職責があったものである。そして、同原告は、当時債権管理室長の地位にあり、不良債権発生原因の調査、取立等をなすべき職責があった被告西村ほか一名とともに、訴外神山の前記事件の調査等に当っていたものであるから、遅くとも昭和五二年四月末日までには右事件の概要を確知するに至ったのに、右事件の経過及び結果を全く被告会社に報告せず、訴外神山の保証人及び訴外組合の組合員に口外を禁ずるなどしたうえ、自己らの一存で訴外神山に対する損害賠償請求権はすでに完済されたものとする念書を右保証人に差し入れるなどし、一切を内密のうちに処理してしまった。

11 訴外津曲は、本件紛争解決後の同年七月ころに至り、訴外組合の組合員と前記二五〇〇万円の工作資金につき話し合ううち、訴外組合の組合員は右金員の分配を全く受けておらず、右金員は訴外組合の組合員の知らないうちに被告ら三名によって分配されたものであり、原告村瀬が右金員を訴外組合のメンバーに分配する旨述べていたことは虚偽であったことが判明した。

12 以上のようなわけで、被告会社は、原告村瀬の会社乗っ取り行為は就業規則三七条二、四、一一号、三一条、三二条二、八号に、金二五〇〇万円の喝取又は騙取行為は同三七条三号に、訴外神山の横領についての内密処理は同条二、三、八号、三一条に、争議解決後のサボタージュの指示等は同三七条四号に該当するものとして、前記のとおり、原告村瀬を懲戒解雇したものである。

以上の事実が認められ、右認定に反する甲第二号証(被告西村の上申書)、第七号証の一(訴外宇田川政樹の上申書)、三(被告広井の上申書)、四(原告村瀬の上申書)の各記載及び証人西村忠彦の証言並びに原告村瀬(第一、二回)、被告広井の各本人尋問の結果は、訴外津曲が心血を注いで発展させてきた被告会社の経営上の実権を何らの不当な圧力もないのに任意に訴外組合に譲り渡したり、同訴外人は被告ら三名から何ら不当な圧力も受けていないのに金二五〇〇万円もの大金を任意に交付したものであるとするなど容易に首肯し難い多くの事実を内容とするものであって、前掲の各証拠に照らすと信用することができず、他に右認定を左右しうるような証拠はない。

そして、(証拠略)を総合すると、被告会社は、昭和四八年五月一五日ころから同年七月五日ころまでの間、従業員代表者の意見を聞いたうえで、従業員就業規則及びこれに基づく給与規程退職金規程を制定し、同月一八日、従業員代表訴外浪崎紘一の意見書を添付したうえ、飯田橋労働基準監督署に届出をなし、これを被告会社に備え置いて従業員がこれを知りうる状態においたこと、右就業規則の三七条、三八条によれば、従業員が「本規則にしばしば違反するとき」(三七条二号)、「素行不良にして会社内の風紀、秩序を乱したとき」(同条三号)、「故意に業務の能率を阻害し、または業務の遂行を妨げたとき」(同条四号)、「会社の名誉信用を傷つけたとき」(同条八号)、「業務上の指揮命令に違反したとき」(同条一一号)には、情状により懲戒解雇処分に付するものとされ、同規則三一条によれば、「従業員は、この規則に定めるものの他、業務上の指揮命令に従い、自己の業務に専念し、作業能率の向上に努めるとともに、たがいに協力して職場の秩序を維持しなければならない。」とされ、同規則三二条によれば、「従業員は、常に次の事項を守り服務に精励しなければならない。2、自己の職務上の権限を超えて専断的なことを行わないこと、8、作業を妨害し、または職場の風紀秩序を乱さないこと」とされていることが認められ、右認定に反する甲第七号証の一(訴外宇田川政樹の上申書)、二(被告西村の上申書)、四(原告村瀬の上申書)の各記載及び原告村瀬(第一回)、被告広井、同西村の各本人尋問の結果は前示の各証拠に照らし信用することができず、他に右認定を左右しうるような証拠はない。

右の事実によれば、訴外組合は、本来被告会社の事業の管理、運営事項に属する新規融資の再開を求め、これがいれられないとみるや、各支店において回収した資金を被告会社の再三の送金命令にもかかわらず本店に送金せず、右回収資金をもとに各支店において勝手に融資を再開し、各支店の資金、預金通帳、印鑑、債権証書などの会社財産の占有保管を続け、このような状況を背景にして圧倒的多数の組合員による団交を求め、そこで被告会社に訴外組合が会社の実権をほぼ掌中にしうるような、これまた被告会社の事業の管理、運営事項に属する会社際(ママ)構の改革を求め、訴外組合の手による融資再開等により会社資金が散逸することを極度に恐れた被告会社代表者をして右改革案にやむなく同意させて会社組織の変更を断行し、これに基づくものであるとして重要な会社意思の決定や各種の業務執行を恣に行ったものであって、そのような訴外組合の行為はその目的からみても方法からみても正当な組合活動ということはできず、違法な実力行使と断ぜざるを得ないものである。そして、被告ら三名は、被告会社が行った融資停止措置が専ら不良債権を洗い直し、その回収をはかる目的でなされたものであることを熟知しておりながら、右の措置は会社規模の縮小をはかる意図のもとになされたものであると虚偽の宣伝をするなどして訴外組合の組合員を煽動し、訴外組合の幹部(役員)として、自らその中心となり、前記のような違法な争議行為を企画、立案、指導したものである。したがって、原告村瀬は、故意に被告会社の業務の遂行ないし能率を妨げ、回収資金送金命令(業務命令)に違反し、自己の職務上の権限を超えて専断的なことをしばしば行い、職場の秩序をしばしば乱したものであって、右は、就業規則三七条二、四、一一号、三一条、三二条二、八号に該当するものである。

また、訴外組合は、被告会社が資金の散逸防止等のためロックアウトを実施するや、被告ら三名の指導のもとに被告会社代表者の自宅へデモをかけ、門塀を揺り、各種のいやがらせをしたり不当な方法をもってその解除を求めるなどしていたものであるが、被告ら三名は、以上のような訴外組合の実力行使を背景にして被告会社代表者から金二五〇〇万円を喝取ないし騙取しようと企て、共同して、被告会社代表者にこのままでは訴外組合の組合員が右代表者及びその家族の生命、身体、名誉等に害を及ぼしかねない旨を執拗に告げ、また、真実は被告三名以外の組合員に交付する意思はなく、交付を受けた金員は被告ら三名で分配するつもりであるのにこれを秘し、あたかも訴外組合を鎮静させるためには組合員に金二五〇〇万円を交付する必要があり、交付を受けた金二五〇〇万円は専ら右目的のために使用するものであるかのように装って被告会社代表者に執拗に右金員の要求をなし、被告会社代表者を畏怖させるとともに誤信させ、被告会社から金二五〇〇万円を不法に取得したものである。被告ら三名の右の行為は、犯罪行為にも該当しかねないほど違法性の強いものであり、その行為は素行不良行為の極致ともいうべきもので、これにより会社内の風紀、秩序を著しく乱したことは明らかであって、原告村瀬には就業規則三七条三号該当の事由もある。

更に、原告村瀬は、前記不正事件を敢行した訴外神山に対し、その保証人及び訴外組合の組合員に口外を禁ずるなど不当な手段を弄したうえ、自己らの一存で同訴外人に対する損害賠償請求権がすでに完済されたものであるとの念書を差し入れるなどして内密に処理し、右事件の調査等に当たりながらその経過及び結果を全く被告会社に報告しなかったものであるから、右の行為は、素行不良の行為により会社内の風紀、秩序を乱したものというほかなく、右は就業規則三七条三号に違反するものである。また、原告村瀬が何ら争議状態が存在しなくなったのに、残務整理を延引させる目的で他の残留従業員にサボタージュを指示し、被告会社の賃金明細を不明にさせる目的で他の残留従業員に会社の債権台帳の破棄を指示したことは、故意に会社の業務の遂行ないし能率を妨げたものというべきであり、右は就業規則三七条四号に違反するものである。

したがって、被告会社が原告に対してなした本件懲戒解雇の意思表示が、何ら懲戒解雇事由がないのになされたものであるとか、或いは権利の濫用にわたるもので無効であるということはできないものである。

三 原告村瀬は、被告会社の就業規則の存在を争い、仮に右規則が存在するとしても、それは監督官庁の追及を免れるために形式的に作成、届出がなされたものにすぎず、労働者代表者の意見を聴き、従業員にこれを周知させることが全くなされていないのであって、就業規則としての効力を有せず、また、仮に就業規則が有効であるとしても、本件退職金請求は、本件協約に基づくもので、支給条件も協約に明示してあり、それ自体独自性の認められる労働協約を根拠とするものであるから、本件に就業規則の規定を適用する余地はない旨主張し、被告会社は右主張はいずれも時機に後れた攻撃防禦方法であるから却下さるべきであり、仮にそうでないとしてもその主張はすべて争う旨述べるので、次にこの点につき判断する。

原告村瀬が本訴提起(昭和五三年六月二二日)から四年五か月余経過し、訴訟も終結に近づいた時期に前記の如き主張を含む準備書面(昭和五七年一二月九日付)の提出をし、右準備書面が昭和五八年九月一二日の第二八回口頭弁論において陳述されたことは記録上明らかであるが、右書面は被告会社が原告村瀬の前記行為が就業規則のいかなる条項に該当するものとして懲戒解雇したのかについての主張がいまだなく、被告会社が右の点についての主張をした準備書面(昭和五八年一月七日受付)を提出する直前に提出されたものであり、就業規則の存在自体は当初から否認し、昭和五六年七月六日付準備書面においては、原告村瀬の退職金請求権は何らかの規程を前提とするものではなく、労使間の特別の約定により生じたものである旨主張し、不明確ながらも原告村瀬の前記主張に副うかの如き主張をしているのであって、これらの点に徴すると、原告村瀬の前記主張は、いまだ時機に後れた攻撃防禦方法とまでいうことはできない。そのうえ、原告村瀬が前記主張を追加したとしても、右主張の内容等からみて格段の証拠調べを要するものとみることもできず、これがため訴訟の完結を遅延させるものともいまだいうことができないから、原告村瀬の前記主張を民事訴訟法一三九条により却下すべきものとは解されない。

そして、前記二で認定したところによれば、被告会社の就業規則は、その作成に当たり労働者側の意見を聴き、その意見書を添付して所轄行政庁に届出をなし、これを被告会社に備え置いて従業員がこれを知りうる状態におかれていたのであるから、単に監督官庁の追及を免れるため形式的に作成、届出がなされたものということはできず、原告村瀬が就業規則の存在及び内容を知っていたか否かにかかわらず、就業規則としての効力を有するものである。原告村瀬は、訴外組合の組合員らが作成した就業規則制定に関する委任書には、受任者として訴外浪崎紘一ほか六名が記載されているのに、就業規則届出の際添付された意見書には同訴外人が従業員代表として署名押印しているのみであり、同訴外人は、右意見書に記載された住所地に在籍、在住していなかったのであるから、労働者側の有効な意見聴取は行われていない旨主張し、(証拠略)には右の主張に副う記載がある。しかし、就業規則制定につき組合員から委任を受けた者が六名いたとしても、それらの者の意思に基づいて、そのうちの一名が就業規則届出の際添付すべき意見書に従業員代表として署名押印することは何ら差支えのないことであり、また、右の不在籍、不在住というのも、単に戸籍簿、住民基本台帳上のものにすぎないのみならず、訴外浪崎の不存在ないしその意思に基づかないで文書が作成されたことに直ちに結びつくものとはいえず、結局、原告村瀬が右に述べることは前記の就業規則の有効性についての判断を左右するものではないというほかない。

また、(証拠略)によれば、本件協約が原告村瀬らに支給さるべき退職金につき規定している事項は、退職者に支給すべき退職金の額及び支払方法、自己都合による退職者の未払退職金請求権の喪失に関することのみで、退職予定者が懲戒解雇された場合の取扱いについては全く規定するところがない。右の如き規定のしかた及び前記認定の本件協約締結に至る経緯に照らすと、本件協約においては退職金額及び支払方法に重点を置いて協約を締結し、本件協約に規定のない事項については、退職金についての一般的規定である就業規則三四条及びこれに基づく退職金規程の定めるところによるものとする趣旨であったというべきである。

四 被告会社の就業規則が有効に存在することは前叙のとおりであり、(証拠略)によれば、就業規則三四条には「従業員の退職金は、別に定める退職金規程により支給する。」との規定があり、退職金規程の七条及び八条には「懲戒解雇された者及び本人在職中の行為で懲戒解雇に相当するものが発見された者については、退職金を支給しない。」との規定が存在する。そして、原告村瀬が被告会社から有効に懲戒解雇されたことは、前記二において認定説示したとおりであるから、原告村瀬にはその主張のような退職金請求権はないものである。

五 ところで、原告村瀬が懲戒解雇になる昭和五二年七月一八日まで被告会社に在籍していたものであることは前叙のとおりであるから、前同日までの七月分の給与及び繁忙手当請求権は発生したものというべく、原告村瀬は同月分給与及び繁忙手当を一括して請求するのみで、前同日までの金額を特定しうるよう具体的事実の主張をしないので、右部分の給与及び繁忙手当は、七月の日割計算によるほかなく、その額は、給与として金一二万七七四二円(円未満四捨五入、以下同じ)、繁忙手当として金五八〇六円、計一三万三五五一円と認めざるを得ない。

被告会社は、右七月一八日までの七月分給与及び繁忙手当につき、原告村瀬が前記懲戒解雇の意思表示を受けた際その請求権を放棄した旨主張し、(人証略)中には、当時原告村瀬は同人に退職金のようなはした金はいらないと述べていたとの部分があり、被告会社代表者の尋問の結果中には、同旨の部分及び原告村瀬が理由は分っていると述べて特段のことを主張することなく解雇通告書を受領して行ったとの部分があるが、右の事実から直ちに既発生の賃金債権をも放棄する意思表示があったものとまでみることはできず、他に右放棄の事実を認めるに足りる証拠はない。

そして、七月一九日以降の七月分給与及び繁忙手当については、原告村瀬が昭和五二年七月一八日に有効に懲戒解雇され、同日限り被告会社との雇用契約関係が消滅したことは前記のとおりであるから、右の部分の給与及び繁忙手当請求権はそもそも発生していないものである。

六 被告会社において、ボーナスが支給日に在籍する従業員に限り支給するものとされていたことは当事者間に争いがなく、昭和五二年度夏季ボーナスの支給日が同年同月三一日であったことは弁論の全趣旨によってこれを認めることができる。

そして、原告村瀬が同年同月一八日限り被告会社の従業員としての地位を失ったことは前記のとおりであって、同原告は同年度夏季ボーナスの支給日に被告会社に在籍しなかったものであるから、同年度夏季ボーナスの請求権を取得するいわれはない。

七 また、前記二の事実によれば、被告ら三名は、訴外組合の幹部として、自らその中心となり、前記のような違法な争議行為を企画、立案、指導し、これによってつくり出された事実状態を背景として、被告会社から交付を受けた金二五〇〇万円は被告ら三名で分配するつもりであるのにこれを秘したまま、原告村瀬は訴外組合の暴発をちらつかせながら執拗に被告会社代表者に金員の交付を要求し、被告広井は前記の如き脅迫を右代表者に加えて金員を要求し、被告西村は右代表者から金二五〇〇万円の交付を受けるなど、共同して被告会社代表者に脅迫、欺罔行為をなして右代表者を困惑、畏怖させるとともに欺罔し、その結果、被告会社から不法に金二五〇〇万円の交付を受けてこれを喝取ないし騙取し、同社に同額の損害を被らせたものであって、右は故意に基づく共同不法行為に該当することが明らかである。したがって、被告ら三名は各自被告会社に対し、金二五〇〇万円の損害を賠償する責任がある。

八 以上の次第であるから、原告村瀬の被告会社に対する甲事件の各請求中、昭和五二年七月一八日までの七月分給与及び繁忙手当金一三万三五五一円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年六月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、被告会社の被告ら三名に対する乙事件の各金二五〇〇万円の損害賠償請求及びこれに対する不法行為の日ののちである昭和五二年六月二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下満)

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